折形礼法の考察



カテゴリ:考察( 23 )


慶びと別れのととのえ

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「慶びと別れのととのえ」という企画展に参加します。

婚礼の金子包・祝いの金子包・胡麻塩包・熨斗紙
不祝儀用の金子包の販売です。

今回はじめて不祝儀用の金子包を販売用につくりました。

これが思っていた以上に難しい。
文献が少ないこともあるのですが、
折形としての礼儀と現代の礼儀の間に隔たりがあり、
折形としての礼儀に合わせると、現代では無作法に感じる。
そういう事がいくつかあるのです。

その時代に使われていた素材の短所を補うために、意味の反転が起きる。
そして、真逆のことが正しい作法として伝承されるのです。

そういう文献に出会ってしまった時、
まず初めに思うのは「面白い!」なのですが、
その後冷静に悩むのです。

色々悩んだ末の折衷案を形にしてみました。
お手に取っていただけると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。


「慶びと別れのととのえ」
2015年4月21日(火)〜 5月2日(土)
11時 〜 19時30分(最終日 16時まで)
日曜・祝日は定休日

hitofushi
大阪市西区京町堀1丁目12-28 壽会館ビル1階













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by kagamiru | 2015-04-16 12:31 | 考察

なぜ水引は紅白になったのか?


祝いの贈り物を包む時、紅白の紐で結ぶようになったのは、
遣隋使が持ち帰った品に紅白の麻紐が結ばれていたから。
というのが通説。

この紅白の麻紐は、隋にとっては
国内流通品と輸出品を分けるための印だったといわれています。
それを日本人は「航海の無事を祈る印に違いない!」
「大切な人への贈り物の印に違いない!」と解釈をしたのです。

ポジティブですね。
こういうポジティブ思考が日本文化を創っていると思う。

しかし
この通説から想像できるのは、紅白2本の麻紐で結ばれた姿か、
麻紐の先に無造作に赤い印が付けられたもの。
紅白に染め分けられ水引の姿までは想像できない。

贈り物を公家は絹布で包み、組紐(絹)で結んだ。
それに対し、武家は紙で包む文化を生み出したと言われています。
紙縒りは紙で包む文化と共に生まれたのでしょう。

そして、その文化に色艶を加えたのが町人。
そこで出てくるのが口紅説。
結ぶ時に紙縒りを口にくわえ紅を引く姿からは、
今現在の紅白水引を想像できる。
赤白を紅白と書くことにも納得できる。

この説が本当であれば、
もうひとつ気になっている仮説を立証する材料にもなる。

それは「 めでたい = 黒 」であった可能性。
「 めでたい = 紅白 」であることを否定するのではなく、
黒もおめでたい色だったのでは?と思うのです。

昔の口紅は紅花からエキスを抽出したものでした。
紅花のエキスは純度が高いと玉虫色になる。
浮世絵に緑の唇の女性が描かれることがあるが、
それは緑の化粧が流行っていたのではなく、紅を濃く塗り重ねた姿。
高価な紅を塗り重ねることができた女性の姿。

玉虫色は光の加減で黒に見える。
めでたい紅の最上級は黒だったのでは?
と思うのです。











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by kagamiru | 2015-03-25 23:45 | 考察

水引の歴史

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昔からあるものと思われがちですが、
水引が今のような張りのある質感になったのは、明治以降とのこと。
それ以前はもう少しやわらかな紙縒り。
そして、それよりもっと前は大麻で結んでいたものかと思います。

素材が変わると文化も変わる。

紙縒りや大麻では、華やかな鶴や亀、松竹梅などの
装飾を生みだすことはできません。
婚礼の結びの定番である「あわじ結び」すら難しい。

今、祝いの形として常識となっているものは、比較的新しい文化の形。

それでは・・・とそれ以前を想像してみる。

水引といえば、紅白に染め分けられたものを思い浮かべますが、
この定番も昔から・・と言う訳ではないようです。

紅白に染め分けることになった由縁は諸説あるのですが、
結ぶ時に紙縒りを口にくわえたことが始まり。というのが通説。
口紅が紙縒りに移ることから、そのまま紅を引くようになったのでは?
と言われています。

口紅といえば、女性を想像させるものですから、
折形が武家の文化であった頃には無いものでしょう。

少し調べるだけで、いろいろな要素が削られていく。
いつの間にか盛られた文化なのだと気づく。
一度原点を確かめ、その上で今必要な形に盛りたいと思う。

写真は麻紙糸。
私が好んで紙縒りとして使っているもの。
数年前に廃番になってしまったのですが、
在庫を探してもらい手に入れる事ができたので
嬉しいな・・・という気持ちと、
でもこれを使い切ってしまったらどうしよう・・・
という不安な気持ちから
水引について考察してみました。











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by kagamiru | 2015-03-02 20:54 | 考察

「おめでとう」と「おめでとうございます」

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2つの違いは伝わりますでしょうか?

左が熨斗の「真」 右が熨斗の「草」
形の意味を言葉にすると
「おめでとうございます」と「おめでとう」になるかと思います。

折形に言葉を添えるのは、禁忌を犯しているかも・・・とは思うものの、
伝えたい事は伝わらないと意味がない。と思い
言葉を添えてみました。

いずれ、この言葉は外したい。
形が思いを伝える。
それが日常になってくれたら・・・と思います。













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by kagamiru | 2015-01-27 14:44 | 考察

日本人は何を食べてきたのか

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同じタイトルの本をもう1冊読んでみました。
こちらは著書ではなく監修なこともあり、広く浅くいろいろな内容。

包丁・箸・まな板・・
これらは道具として存在すると思っていたのですが、
どれも作法との関係が深いようだ。

そういえば
料理とは『食物を料り(はかり)理める(おさめる)』こと。
単なる食物の調理を指すのではなく、
食物に対する一定の知識と技術と作法を有する
文化体系に裏付けた食事法。とまた別の本で目にしたことがある。
それゆえ、和食は世界遺産になるのだとか・・・

作法は祈りや感謝のかたち。
そこに権力が加わると、体系が整えられる。

その事自体に異論はないが、
体系が整えられると、そこで止まってしまうことに納得ができない。
体系づけられたものを時代に合わせて発展させたい。











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by kagamiru | 2014-10-22 13:06 | 考察

日本人はなにを食べてきたか

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食に関わる折形がいくつかあるため、
食についての本を読んでみることにしました。

この本に副題をつけるとしたら、
「日本人と米」というところでしょうか。

縄文時代から弥生時代、
狩りから稲作への変化は自然の流れではなく、
ある程度政治的意味を持っていたこと。

保存できる食料が安定した生活に必要不可欠なこと。
そして、それは権力へと繋がること。

年貢の取り立てなど、
歴史の教科書で米と権力について学んできたものの、
改めて、そういうことだったのか・・・と考えさせられました。

日本は八百万の神の国。
あれもこれもそれも神である。

もしその中で1つを選ばなくてはならないとしたら、
それは米なのかもしれない。









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by kagamiru | 2014-09-17 12:58 | 考察

花を包むものいろいろ。

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子供の頃、花は下を向けて持つよう言われていたことを思い出す。

下を向けた方が花が痛まない。と思っていたのですが、
それには別な意味があったらしい。

地に萌え広がる草花は
陰陽説では「陰」の要素を持つものと考えられていました。
つまり下を向けて手渡すのは、陰陽説にまつわる作法だったのです。

今は花束を下に向けて渡す人はいませんよね。
花をプレゼントする意味自体が西洋化されたのでしょう。

下を向けて手渡すと、花より先に折形が目に入る。
それにも何か意味があったのでしょうか?













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by kagamiru | 2014-08-03 23:07 | 考察

書道用半紙でつくる熨斗紙

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書道用半紙でつくる熨斗紙いろいろです。
A4程度の大きさの箱でしたら包むことができます。

ただ・・・右上に熨斗を配置するには、左から包むことになる。
めでたいものは右上になるように包む。
という作法には反することになるのかな・・・

しかし、熨斗と水引を印刷した熨斗紙には右上も左上もない。
それを考えれば、気にしなくてもいいのかな?

細い箱は作法どおりに包むことができました。
包める箱の大きさに制限はありますが、
身近なもので熨斗紙をつくることができます。

印刷された熨斗紙ではなく、
これがスタンダードになったらいいな・・と思う。











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by kagamiru | 2014-07-16 14:24 | 考察

日本のかたち


「日本のかたち」という本を読んだ。
読んだといっても写真集なので、巻頭と巻末にしか文字はない。

巻頭の一文に、
日本のかたちはけっして強さを不変を志向しない。
かたちは変わりやすく、崩れやすく
ついには周囲の風景や空気に溶けてしまうことを
知っている優しさから成る。
とあった。

本当にそう思う。

不変ではないものを
ここにあるものにするのは人。
人がかたちを継なぐ。

今ここに生きて、折形に関わってしまった責任を
どう果たそうかと考える。











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by kagamiru | 2014-06-09 11:05 | 考察

別れの包み

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不祝儀用の金子包の種類が少ない。
何か考えて欲しい。というご依頼があり、
別れの包みについて考えてみた。

祝いより深く心を折り込むことになる。
さて・・・どうしましょう・・・

いろいろ調べるも文献が少ない。
別れに紙幣を贈る事自体が、新しい決まり事なのかもしれない。

幾つかの決まり事の中から、これかな・・と思える要素を抜き出す。
「左上をつめる。」「紙を重ねない。」
この2つは守るべき要素のように思えた。

上段左は比較的文献に忠実な形。
上段右2つは、それをカジュアルに仕上げたもの。
下段4つは文献には忠実ではないが、
悲しみの深さを色で表すものとして折ってみた。

下段4つは「紙を重ねない。」
という決まりに反しているようにも思うのですが、
紙を重ねるのではなく、色を差す。という表現として考えたい。

心模様を色に置き換えるとすると、
もっといろいろな色があってもいいように思う。











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by kagamiru | 2014-05-30 11:53 | 考察


折形の背景を調べながら、今へ伝わる文化として紹介していきたいと思います。

by kagamiru